連載「システム見積書を読む技術」の第14回である。本回は、SaaS(クラウドで提供される月額型のサービス)を契約する場合と、スクラッチ(自社専用に新規開発)する場合の費用を、どうそろえて比較するかを扱う。同じ業務を実現する手段でも、費用の出方が大きく異なるため、見積を並べる前に前提をそろえる必要がある。

SaaSは「初期費用が小さく、月額で使える」ため安く見え、スクラッチは「初期にまとまった開発費がかかる」ため高く見えやすい。しかし、この第一印象だけで判断すると、利用人数や利用年数によっては逆転することもある。本記事は、初期費用だけでなく総額(TCO、Total Cost of Ownership:保有・利用にかかる総コスト)でそろえる読み方を整理する。

結論:SaaSとスクラッチは「利用人数×利用年数」を置いて総額で比較する

  • SaaSの月額とスクラッチの開発費は、初期費用だけで比べると前提が欠ける。利用人数と利用年数を置いて総額で並べる。
  • SaaSは月額・人数課金・カスタマイズ制約・解約条件を、スクラッチは保守費・運用費・改修費を、それぞれ漏れなく総額に入れる。
  • 「自社の業務にどこまで合わせる必要があるか」で、どちらが総額・適合の両面で見合うかが変わる。
見る項目判断のしかた発注前の確認ポイント
初期費用SaaSは小、スクラッチは大初期だけで決めない
継続費用月額・保守・クラウド利用年数分を合算する
適合度標準機能か独自要件かカスタマイズ余地と制約

この連載での位置づけ


なぜ初期費用だけでの比較が前提を欠くのか

SaaSとスクラッチを並べたとき、多くの方が目を向けるのは「最初にいくらかかるか」である。SaaSは初期費用が小さく、月額数千円から始められるものもある。スクラッチは要件定義から開発まで初期にまとまった費用がかかる。この対比だけを見れば、SaaSが圧倒的に安く見える。

しかし、SaaSは使い続ける限り月額が発生し、人数が増えれば費用も増える課金体系が多い。一方でスクラッチは、初期費用は大きいが、その後は保守費・運用費が中心になり、人数が増えても費用が比例して増えるとは限らない。つまり、両者は費用の「出方」が異なるため、ある一時点の金額だけでは優劣を判断できない。利用人数と利用年数という軸を置いて、総額で並べて初めて、前提のそろった比較になる。


TCOに入れるべき費目を分けて読む

総額で比較するには、それぞれの選択肢に含まれる費用を漏れなく拾う必要がある。SaaSとスクラッチで、入れるべき費目は次のように異なる。

区分SaaSで入れる費目スクラッチで入れる費目
初期初期設定費、データ移行費要件定義費、開発費
継続月額(人数・機能に応じる)保守費、運用費、クラウド費
変更追加機能・上位プランの費用改修費、機能追加費
連携外部連携・API利用の費用連携開発費
終了解約条件、データ持ち出し移管・引き継ぎの費用

SaaSは「月額が安い」ことに目が向きやすいが、初期設定や移行、上位プランへの移行、外部連携が別費用になることがある。スクラッチは「初期が高い」ことに目が向きやすいが、その後の保守費・クラウド費を利用年数分まで足すと総額が見えてくる。連載第8回で扱ったように、どちらの選択肢でもクラウドや外部サービスの利用料は継続的に発生する点に注意したい。


利用人数と利用年数を仮置きしてそろえる

総額を比較するときは、利用人数と利用年数を仮でも置くことが出発点になる。たとえば「利用者20名、5年間使う」という前提を置けば、SaaSの月額に人数と月数を掛けた継続費用と、スクラッチの初期費用に5年分の保守費を足した総額を、同じ土俵で並べられる。

  • SaaSの総額の見方:初期設定費+(月額×利用人数の課金×利用月数)+追加・連携費
  • スクラッチの総額の見方:初期開発費+(保守費+運用費+クラウド費)×利用年数+改修費

ここで重要なのは、具体的な金額を断定することではなく、同じ前提(人数・年数)で両者を並べることである。人数が少なく短期ならSaaSが総額で有利になりやすく、人数が多く長期で使うほどスクラッチが相対的に見合いやすくなる傾向がある。ただし、これはあくまで一般的な傾向であり、SaaSの課金体系やスクラッチの保守費の組み方によって結果は変わる。自社の前提を置いて、実際の見積で確かめることが大切である。


適合度(自社の業務にどこまで合うか)も費用に効く

TCOは金額だけの話ではない。SaaSは標準機能で多くの業務を賄える一方、自社固有の業務にどこまで合わせられるかには制約がある。標準機能で足りない部分を、運用の工夫で吸収するのか、上位プランや追加開発で対応するのかによって、費用も使い勝手も変わる。

  • SaaS:標準に業務を寄せられれば総額を抑えやすいが、独自要件が多いと制約や追加費用が増える
  • スクラッチ:自社業務に合わせて作れるが、その分初期の開発費と要件定義の負担が大きい

「標準に寄せられる業務か、どうしても独自要件が必要な業務か」を整理すると、SaaSとスクラッチのどちらが総額と適合の両面で見合うかが見えてくる。標準機能と独自要件の切り分けは、SaaSとスクラッチの選択(パッケージ・スクラッチ・SaaSの比較)でも整理している。


解約・乗り換えのコストも前提に入れる

総額の比較では、終了時のコストも見落とされやすい。SaaSは解約の条件、契約期間の縛り、解約時のデータの持ち出し可否が、後の選択肢を左右する。スクラッチでも、別会社への引き継ぎや移管にコストがかかることがある。

将来「やめる」「乗り換える」場面を想定して、データを自社で持ち出せるか、移管が現実的かを発注前に確認しておくと、特定のサービスや会社に過度に縛られるリスクを抑えられる。SaaSからスクラッチへ移行した場合の論点は、SaaSからスクラッチへの移行事例で見る判断軸も参考になる。


中間の選択肢も視野に入れる

SaaSかスクラッチか、という二択で考えがちだが、実際には中間の選択肢もある。これらを視野に入れると、総額と適合のバランスを取りやすい。

選択肢特徴向いている場面
SaaS(標準利用)月額で始めやすい標準機能で業務を賄える
SaaS+カスタマイズ標準+一部追加開発標準に近いが一部独自要件がある
パッケージ導入既製品を自社向けに設定業界の標準業務に近い
スクラッチ開発自社専用に新規開発独自要件が多く長期に使う

「標準にどこまで寄せられるか」「独自要件がどれだけ残るか」を整理すると、二択の間にある現実的な選択肢が見えてくる。見積を取るときも、SaaSの標準利用と、追加開発を含めた場合の両方を出してもらうと、適合と総額のトレードオフが判断しやすい。


総額比較を社内稟議で説明する

SaaSとスクラッチの総額比較は、社内稟議の説明材料にもなる。初期費用だけを並べると「SaaSのほうが安い」という単純な結論になりがちだが、利用人数と利用年数を置いた総額で示すと、判断の根拠が明確になる。

稟議で示すとよいのは、次の観点である。

  • 利用人数と利用年数の前提(なぜその数字を置いたか)
  • SaaS・スクラッチそれぞれの総額の内訳(初期・継続・変更・終了)
  • 標準機能で賄える業務と、独自要件として残る業務の切り分け
  • 将来の乗り換え・解約に備えたデータの持ち出し可否

これらをそろえると、「安いから」「自由に作れるから」といった印象ではなく、前提に基づいた選択として説明できる。金額の差が価格差なのか、適合度の差なのか、利用規模の差なのかを言語化できると、社内の合意も得やすい。


TCO比較で見落とされやすい費用

総額を比較するとき、初期費用と月額には目が向きやすいが、その間に挟まる費用が見落とされやすい。これらを総額に入れ忘れると、比較がぶれる。

  • SaaSの初期設定・データ移行費(標準利用でも別途かかることがある)
  • SaaSの上位プランへの移行や、人数増加に伴う課金の増加
  • SaaSと既存システムをつなぐ連携・API利用の費用
  • スクラッチの保守費・運用費に加わるクラウド・サーバーの実費
  • どちらの場合も発生する、社内の運用担当の手間(社内コスト)

とくに社内の運用負担は金額に表れにくいが、SaaSなら設定変更やユーザー管理、スクラッチなら改修の依頼や検証の手間として、継続的にかかる。総額を比べるときは、見積に載る費用だけでなく、こうした社内側の負担も視野に入れたい。


どちらに寄せるかを決める順序

SaaSとスクラッチのどちらに寄せるかは、金額だけで決めると後悔しやすい。次の順で整理すると、判断の土台がそろう。

  1. 対象業務を洗い出し、標準機能に寄せられる業務と独自要件を切り分ける
  2. 利用人数と利用年数を仮置きし、両者の総額を同じ前提で並べる
  3. 連携・移行・解約のコストを総額に入れて、見落としを埋める
  4. 適合度(業務への合い方)と総額のバランスで、寄せる方向を判断する

この順で進めると、「月額が安いSaaS」「自由に作れるスクラッチ」という印象から離れ、自社の業務と利用規模に照らした選択ができる。判断に迷う場合は、SaaSの標準利用・カスタマイズ・スクラッチの三案を並べて見積を取ると、総額と適合の差が見える。


GXOに相談する前に整理するとよい情報

  • 対象業務と、SaaS・スクラッチのどちらも候補になり得るか
  • 想定する利用人数と、何年使い続けるかの見込み
  • 標準機能に寄せられる業務か、どうしても必要な独自要件か
  • 既存システムやデータとの連携の有無と、移行対象の量
  • 将来の乗り換え・解約を見据えたデータの持ち出し要件

これらを整理してから見積を取ると、利用人数・利用年数・適合度の前提がそろい、SaaSとスクラッチを同じ土俵で比較しやすくなる。


参考にした外部観点

総額の比較を社内稟議やベンダー比較に使う場合は、一般論だけで判断せず、公式資料と自社データを照合してほしい。DX投資の目的や、SaaS利用に伴うセキュリティの前提は、見積金額より前にそろえたい。

  • 経済産業省「DX推進指標」:経営課題、ITシステム、組織体制を分けて、投資の目的を確認する際の参考になる。SaaSかスクラッチかという手段の前に、何のための投資かを整理する土台になる。
  • IPA「情報システム・モデル取引・契約書」:開発を伴う場合の請負・準委任、成果物、検収、責任分界を確認する際の参考になる。
  • 中小企業庁(中小企業向け施策):中小企業のIT投資や補助制度を確認する際の参考になる。補助を使う場合は対象経費の切り分けを総額の前提に入れる。
  • 自社の比較では、利用人数20名・50名、利用年数3年・5年、月額・人数課金、初期開発費、保守費、クラウド月額、移行データ量など、仮でも数字を置いて両者の総額をそろえる。

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よくある質問

Q1. SaaSとスクラッチ、結局どちらが安いのか。

A. 一概には言えない。利用人数が少なく短期で使うならSaaSが総額で有利になりやすく、人数が多く長期で使うほどスクラッチが相対的に見合いやすくなる傾向はあるが、SaaSの課金体系やスクラッチの保守費の組み方で結果は変わる。利用人数と利用年数を仮置きし、両者の総額を同じ前提で並べて確かめるのが現実的である。

Q2. SaaSの月額が安ければ、それで決めてよいか。

A. 月額だけでなく、初期設定費、人数が増えたときの課金、上位プランや追加機能の費用、外部連携の費用、解約条件まで含めて総額で見る。月額が安く見えても、独自要件への対応や連携で費用が積み上がることがあるため、自社の業務に標準機能でどこまで対応できるかを合わせて確認したい。

Q3. スクラッチは初期費用が高いが、見合うのはどんなときか。

A. 自社固有の業務が多く、SaaSの標準機能に寄せにくい場合や、利用人数が多く長期に使う場合は、総額や適合度の面でスクラッチが見合いやすい。ただし初期の開発費と要件定義の負担は大きいため、保守費・運用費を含めた利用年数分の総額で判断したい。

Q4. 総額を比較するときの利用年数は何年で置けばよいか。

A. 自社がそのシステムを使い続けると見込む年数で置くのがよい。一般には3年や5年を仮の区切りにすると比較しやすい。重要なのは年数の正解を当てることではなく、SaaSとスクラッチに同じ利用年数を当てて、前提をそろえて並べることである。


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