「SaaSを入れたのに、結局Excelに戻った」

この言葉を、中小企業の経営者から何度聞いたかわからない。

SaaS(Software as a Service)は月額数万円から始められ、初期投資を抑えてDXを推進できる有力な手段だ。しかし、すべての業務がSaaSで解決するわけではない。業務をSaaSに合わせるのではなく、システムを業務に合わせるべきケースが確実に存在する。

本記事では、SaaS導入に失敗した企業が「なぜスクラッチ開発に切り替えたのか」を3つの事例で解説し、移行の判断基準と費用・期間の実態を明らかにする。


SaaS導入が失敗する5つのパターン

SaaS導入の失敗は、導入前の検討不足に起因するケースがほとんどだ。以下の5パターンに分類できる。

パターン典型的な症状発生頻度
1. カスタマイズ不足自社の業務フローに合わない機能があり、手作業で補完。結果的にExcelとの二重管理に最も多い
2. データ連携の困難既存の基幹システム・会計ソフトとデータ連携できず、手動でCSV出力→取込を繰り返す多い
3. ランニングコストの肥大ユーザー数課金で、利用者が増えるほど月額が膨らむ。オプション機能の追加で当初の3倍に多い
4. ベンダーロックインSaaSベンダーの方針変更(値上げ、機能廃止、サービス終了)に振り回される中程度
5. セキュリティ要件の不適合顧客データや図面データをSaaSベンダーのクラウドに保存できない規約・法規制がある業界限定
重要なのは、これらの問題は「SaaSが悪い」のではなく、「SaaSが向いていない業務にSaaSを適用した」結果だということ。 逆に言えば、スクラッチ開発に切り替えれば解決するケースが多い。

事例1:製造業A社——受発注SaaSのカスタマイズ限界

企業プロフィール

項目内容
業種金属部品加工(従業員45名)
課題Excelの受発注管理を脱却するためSaaS型受発注システムを導入
導入したSaaS月額8万円の受発注SaaS
利用期間14か月で断念

SaaS導入で起きた問題

問題詳細
個別単価の管理不可取引先ごとに異なる単価テーブル(数量割引・期間契約・特別価格)をSaaS上で管理できなかった
図面紐づけ不可受注データに技術図面(PDF/DXF)を紐づける機能がなく、別フォルダで管理→どの図面がどの受注か不明に
EDI非対応主要取引先3社がWeb-EDIを要求していたが、SaaSがEDI連携に非対応
承認フロー不適合自社の3段階承認(担当→課長→部長)をSaaSの2段階承認に無理やり合わせた結果、承認漏れが多発

スクラッチ開発への移行

項目内容
開発費用650万円(要件定義〜本番稼働)
開発期間5か月
主な機能個別単価管理、図面紐づけ、Web-EDI連携、3段階承認フロー、在庫管理、請求書自動生成
データ移行SaaSからCSVエクスポート→クレンジング→新システムにインポート(2週間)
補助金ものづくり補助金(デジタル枠)で433万円補助 → 実質負担217万円

移行後の効果

指標SaaS利用時スクラッチ移行後
受発注の処理時間/月80時間(SaaS+Excel併用)35時間
転記ミス月12件月0〜1件
EDI対応率0%100%
2年間の総コストSaaS月額8万×14か月+移行費=762万円実質217万+保守月8万×24か月=409万円

事例2:不動産管理会社B社——物件管理SaaSのデータ連携地獄

企業プロフィール

項目内容
業種不動産管理(管理戸数1,200戸、従業員28名)
課題物件管理・入居者管理・修繕管理を一元化したい
導入したSaaS物件管理SaaS(月額12万円)+ 修繕管理SaaS(月額5万円)
利用期間18か月で断念

SaaS導入で起きた問題

問題詳細
2つのSaaS間のデータ不整合物件管理と修繕管理でデータが同期せず、入居者情報の二重管理が発生
CSV地獄2つのSaaS + 会計ソフト(弥生)間のデータ連携がすべてCSV手動エクスポート/インポート。月末に丸2日費やす
オーナー向け報告書の非対応物件オーナーへの月次収支報告書を自動生成できず、Excelで個別作成
ランニングコスト増大2つのSaaSの月額合計17万円 + 追加オプション4万円 = 月額21万円に膨張

スクラッチ開発への移行

項目内容
開発費用480万円
開発期間4か月
主な機能物件管理・入居者管理・修繕管理・オーナー報告書自動生成を一元化。弥生会計とAPI連携
データ移行2つのSaaSから全データを移行(3週間)
補助金IT導入補助金(デジタル化基盤枠・補助率3/4)で350万円補助 → 実質負担130万円

移行後の効果

指標SaaS利用時スクラッチ移行後
月末のデータ連携作業2日自動化(0時間)
オーナー報告書作成1戸あたり30分自動生成(5分で確認のみ)
月額コスト21万円保守8万円
2年間の総コストSaaS月額21万×18か月+移行費=858万円実質130万+保守月8万×24か月=322万円

事例3:EC事業者C社——ECプラットフォームのベンダーロックイン

企業プロフィール

項目内容
業種食品EC(年商1.8億円、従業員15名)
課題ECプラットフォームの制約で成長が頭打ちに
導入したSaaS国内大手ECプラットフォーム(月額15万円+売上手数料3%)
利用期間3年で移行決断

SaaS導入で起きた問題

問題詳細
手数料の肥大月商1,500万円 × 3% = 月45万円の手数料。月額と合わせて月60万円のコスト
定期購入の柔軟性不足食品の定期便で「2週間ごと」「月2回指定日」等の柔軟な配送パターンが設定不可
顧客データの制約購買履歴データの一括エクスポートに制限。自社のCRMとリアルタイム連携不可
SEO/表示速度の限界テンプレートの制約でページ表示速度がCore Web Vitals基準を下回り、SEOに悪影響

スクラッチ開発への移行

項目内容
開発費用900万円(EC機能 + 定期購入 + CRM連携 + 管理画面)
開発期間7か月
主な機能自社EC、柔軟な定期購入管理、顧客セグメント配信、ポイント管理、在庫連携
データ移行顧客データ8万件、商品データ1,200件、注文履歴3年分を移行(4週間)
補助金ものづくり補助金(デジタル枠)で600万円補助 → 実質負担300万円

移行後の効果

指標SaaS利用時スクラッチ移行後
月額コスト60万円(月額+手数料)保守15万円 + 決済手数料のみ
定期購入の解約率月8%月4.5%(柔軟なスキップ機能の効果)
ページ表示速度3.2秒1.1秒
年間コスト削減額約500万円

スクラッチ移行の判断基準チェックリスト

以下の項目に3つ以上該当する場合、スクラッチ開発への移行を本格検討すべきだ。

No.チェック項目該当?
1SaaSの機能不足を補うために、Excelや別ツールとの二重管理が発生している
2複数のSaaS間のデータ連携を手動(CSV等)で行っている
3SaaSの月額費用が当初の1.5倍以上に膨らんでいる
4SaaSベンダーの機能追加ロードマップに自社の要望が含まれていない
5セキュリティ・コンプライアンス要件でデータの保管場所に制約がある
6SaaSのAPIが不十分で、既存システムとの連携に限界がある
7SaaSの契約更新時に大幅な値上げを通告された
8業務の成長に伴い、SaaSの処理能力・データ量上限に近づいている

スクラッチ移行の費用相場

システム規模費用目安期間含まれる範囲
小規模(単機能の業務システム)300〜600万円3〜5か月要件定義、設計、開発、テスト、データ移行
中規模(複数機能の業務システム)600〜1,200万円5〜8か月上記 + 外部連携、帳票、権限管理
大規模(基幹システム相当)1,200〜3,000万円8〜14か月上記 + 大量データ移行、マルチテナント、高可用性

SaaSからの移行で追加コストが発生する項目

項目費用目安備考
データ移行30〜200万円SaaSのエクスポート機能の制約により変動
並行運用期間のコストSaaS月額 × 1〜3か月分新旧システムの並行稼働期間
ユーザー研修10〜30万円新システムの操作トレーニング
旧SaaS解約時の違約金0〜年額費用の50%契約内容を事前確認

移行を成功させる5つの原則

原則説明
1. SaaSでの「失敗」を要件定義に活かす「SaaSで何ができなかったか」が最も精度の高い要件になる。失敗経験は資産
2. データ移行計画を最初に立てるSaaSからのデータエクスポート仕様を確認し、移行の難易度を開発着手前に把握する
3. MVP(最小限の機能)で最速リリースSaaSの全機能を初期リリースで再現しようとしない。まず最も重要な機能3つに絞る
4. 並行運用期間を設ける新旧システムを1〜2か月並行稼働させ、データ整合性と業務フローを検証する
5. 補助金は移行計画と同時に申請するものづくり補助金の交付決定まで2〜3か月かかる。開発スケジュールと並行して進める

よくある質問

Q. SaaSを使い続けるのとスクラッチ開発、どちらが安いか? A. 短期(1〜2年)はSaaSが安い。長期(3年以上)はスクラッチが安くなるケースが多い。SaaSの月額費用 × 36か月がスクラッチの開発費+保守費を超えるタイミングが「損益分岐点」だ。上記3事例はすべて2年以内にスクラッチの方が安くなっている。

Q. スクラッチ開発でも失敗するリスクはないのか? A. ある。最大のリスクは「要件定義の失敗」だ。SaaSの失敗経験がある分、要件は明確になりやすいが、開発会社の選定を誤ると同じ轍を踏む。過去に同業種のシステム開発実績がある会社を選ぶことが最も重要。

Q. SaaSベンダーがサービス終了した場合、データはどうなるか? A. 多くのSaaSは契約終了後30〜90日間のデータエクスポート期間を設けている。ただし、独自フォーマットでしかエクスポートできないケースもある。契約書の「サービス終了時のデータ取扱い」条項を必ず確認すること。

Q. 移行期間中、業務は止まらないか? A. 並行運用期間を設ければ止まらない。新システムでの運用を開始しつつ、旧SaaSも1〜2か月間継続する。追加コスト(SaaS月額1〜2か月分)はかかるが、業務停止リスクをゼロにできる。


まとめ

項目ポイント
SaaS失敗の主因カスタマイズ不足、データ連携困難、コスト肥大、ベンダーロックイン
移行判断基準チェックリスト8項目中3つ以上該当で本格検討
費用相場小規模300万〜 / 中規模600万〜 / 大規模1,200万〜
補助金ものづくり補助金で最大2/3カバー
成功の鍵SaaSの失敗を要件定義に活かす。MVP優先でリリース
SaaSの失敗は「終わり」ではなく、スクラッチ開発の最高の要件定義書になる。

関連記事:


GXOはSaaSからスクラッチ開発への移行を300万円〜支援

既存SaaSの課題分析、要件定義、開発、データの完全移行まで一貫して対応しています。「今のSaaSに限界を感じているが、スクラッチに踏み切るべきか判断できない」という段階からご相談ください。

SaaS→スクラッチ移行の無料相談を予約する

※ 営業電話はしません | オンライン対応可 | 相談だけでもOK

追加の一次情報・確認観点

この記事の内容を社内で検討する場合は、一般論だけで判断せず、次の一次情報と自社データを照合してください。特に、稟議・RFP・ベンダー選定では「何を実装するか」よりも「どのリスクをどの水準まで下げるか」を先に決めると、見積もり比較のブレを抑えられます。

確認領域参照先自社で確認すること
AIリスク管理NIST AI Risk Management Framework用途、リスク、評価方法、運用責任者を確認する
LLMセキュリティOWASP Top 10 for LLM Applicationsプロンプトインジェクション、情報漏えい、権限設計を確認する
AI事業者ガイドライン総務省 AI関連政策説明責任、透明性、安全性、利用者保護の観点を確認する
DX推進IPA デジタル基盤センターDX推進指標、IT人材、デジタル基盤の観点で現状を確認する
個人情報個人情報保護委員会個人情報・委託先管理・利用目的・安全管理措置を確認する

稟議・RFPで使う数値設計

投資判断では、導入前後で測れる指標を3から5個に絞ります。下表のように、現状値・目標値・測定方法・責任者をセットにしておくと、PoC後に本番化するかどうかを判断しやすくなります。

指標現状確認目標の置き方失敗しやすい例
対象業務数現状の対象業務を棚卸し初期は1から3業務に限定対象を広げすぎて要件が固まらない
月間処理件数件数、担当者、例外率を確認上位20%の高頻度業務から改善件数が少ない業務を先に自動化する
例外対応率手戻り、確認待ち、属人判断を計測例外の分類と承認ルールを定義例外をAIやシステムだけで吸収しようとする
正答率・再現率テストデータで評価業務許容ラインを明文化体感評価だけで本番化する
人手確認率承認が必要な判断を分類高リスク判断は人間承認全自動化を前提に設計する

よくある失敗と回避策

失敗パターン起きる理由回避策
目的が曖昧なままツール選定に入る比較軸が価格や機能数に寄る経営課題、業務課題、測定KPIを先に固定する
現場確認が不足する例外処理や非公式運用が見落とされる担当者ヒアリングと実データ確認を必ず行う
運用責任者が決まっていない導入後の改善が止まる業務側とIT側の責任分界をRACIで定義する
AIの回答品質を本番で初めて確認する評価データと禁止事項が未定義テストセット、NG例、監査ログを用意する

GXOに相談する前に整理しておく情報

初回相談では、次の情報があると診断と提案の精度が上がります。すべて揃っていなくても問題ありませんが、分かる範囲で用意しておくと、概算費用・期間・体制の見立てを早く出せます。

  • 対象業務の現行フロー、利用中システム、Excel・紙・チャット運用の一覧
  • 月間件数、担当人数、手戻り件数、確認待ち時間などの概算
  • 個人情報、機密情報、外部委託、権限管理に関する制約
  • 希望開始時期、予算レンジ、社内承認者、決裁までの流れ
  • AIに任せたい業務、任せてはいけない判断、評価に使える過去データ

GXOでは、現状整理、要件定義、RFP作成、ベンダー比較、PoC設計、本番移行計画まで一気通貫で支援できます。記事の内容を自社に当てはめたい場合は、まずは現在の課題と制約を共有してください。