この記事はリスク管理担当・内部監査・情報システム部門向けです。「どの情報を台帳に記録し、どう運用するか」という実務テンプレートを提供します。経営会議への上げ方は姉妹記事「取締役会向け金融AI経営アジェンダ」、委託先のAPI・クラウドの確認方法は「委託先リスク管理チェックリスト」を参照してください。
金融庁AIディスカッションペーパー第1.1版(2026年3月)は、「モデル・リスク管理」を金融機関のAI活用における明示的な課題として挙げています。また米国財務省が2026年2月に公表した金融サービス向けAIリスク管理フレームワーク(FS AI RMF)では、NIST AI RMFの4機能(Govern・Map・Measure・Manage)を230のコントロール目標に落とし込んでいます。
これらの要求を満たすには、モデルリスク登録簿(Model Risk Register)を整備することが現実的な出発点になります。登録簿とは、本番で使うAIモデルを一覧化し、用途・データ・検証状況・停止条件を記録する台帳です。ゼロから作ると時間がかかるため、本記事では項目・記載例・運用サイクルを一式提供します。
なぜ「登録簿」が必要か
モデルリスクが顕在化するパターンは、「PoC段階でうまくいったモデルが本番では意図しない出力を出した」「半年後にモデルが更新されたが誰も把握していなかった」「監査で使用モデルの根拠を問われたが記録がなかった」の3つが代表的です。
登録簿があることで、次の3つの機能が実現します。
- 可視化:どのモデルが・どの業務で・どのデータで動いているかを組織で共有できる
- 承認記録:本番利用の開始判断者と根拠を残せる
- 変更管理:モデル更新・API変更・データ変更時に再検証が必要かどうかを判定できる
FREE CONSULTATION
この記事の内容について、専門家に相談できます
AI・DX・セキュリティに関するご質問やお見積もりなど、お気軽にお問い合わせください。
モデルリスク登録簿の構成(全13項目)
以下が推奨する登録項目です。既存のシステム台帳や委託先管理台帳と同じスプレッドシートに追加するか、別表として管理します。
| 項目番号 | 項目名 | 記載内容・記載例 |
|---|---|---|
| 1 | モデルID | MR-2026-001(連番管理) |
| 2 | モデル名・バージョン | GPT-4o(API版)/ Claude 3.7 Sonnet など |
| 3 | 用途区分 | 社内補助・審査補助・顧客対応・文書生成・不正検知など |
| 4 | 用途詳細 | 契約書ドラフトの誤字・漏れチェックを補助、最終確認は担当者が行う |
| 5 | 入力データ分類 | 個人情報含む・機密情報含む・公開情報のみ(複数選択可) |
| 6 | 入力禁止データ | 顧客氏名・口座番号・与信スコアは入力しない、など具体的に列挙 |
| 7 | 顧客影響 | 社内補助のみ・顧客向け出力あり(どの部分か明記) |
| 8 | 検証方法 | テストデータで月1回出力を確認、評価基準(正解率・誤回答率・不適切表現の有無)を明記 |
| 9 | 検証担当者・頻度 | 情シス・業務担当共同で月次確認、半年に1回全件レビュー |
| 10 | 人間確認条件 | 金額に関わる出力・顧客向け文書・例外処理はすべて担当者が確認してから使用 |
| 11 | 停止トリガー | 誤回答率が直近1週間で基準値を超える、利用規約変更の通知が届く、情報漏えい疑いが発生した場合 |
| 12 | 停止権限者 | 情シス部長(日中)・ITヘルプデスク責任者(夜間・週末)・24時間連絡先付きで記載 |
| 13 | 最終レビュー日 | 2026-06-01(記入者:○○) |
用途区分ごとのリスクプロファイル
同じAIモデルでも、用途によってリスクの性質と管理の厳しさが変わります。以下を参考に、用途区分ごとの管理水準を設定します。
| 用途区分 | リスク水準 | 追加で必要な管理 |
|---|---|---|
| 社内補助(検索・要約・下書き) | 低〜中 | 入力禁止リストの周知、ログ保存 |
| 審査・与信の補助 | 高 | 人間確認必須、判断根拠の記録、定期検証 |
| 顧客向け文書・回答の生成 | 高 | 公開前の人間確認、苦情対応手順、誤回答時の訂正手順 |
| 不正・異常検知 | 高 | 誤検知率の定期測定、見逃し事例のレビュー、アラート閾値の管理 |
| ローコード・AI開発支援 | 中 | 生成コードのレビュー基準、セキュリティチェックの組み込み |
FREE DOWNLOAD
AI導入チェックリスト(PoC 失敗要因 10項目)
情シス部門が PoC 前に押さえるべき失敗要因を10項目に整理した無料チェックリスト。
入力データ分類のセルフチェック
入力するデータの分類を誤ると、後から「入れてはいけないデータを入れていた」という問題が起きます。登録時に以下の4問を確認します。
- このデータに、特定の個人を識別できる情報が含まれますか(氏名・住所・口座番号・マイナンバーなど)
- このデータに、契約内容・与信情報・営業秘密が含まれますか
- このデータを提供しているAPIプロバイダーの利用規約は、学習利用をオフにしていますか
- データが越境移転される場合、個人情報保護法の要件を満たす手当てがされていますか
4問すべてに合格しない場合、入力する前に法務・コンプライアンス部門と確認します。LLMセキュリティの事前点検を使うと、この確認を体系的に進めやすくなります。
検証方法の具体化
「月1回チェックする」だけでは検証として不十分です。以下の4要素を検証記録に含めます。
| 検証要素 | 具体的な方法の例 |
|---|---|
| テストセット | 業務に即した質問・入力50〜100件を事前に用意し、毎回同じセットで確認する |
| 評価基準 | 正解率・誤回答率・不適切表現の件数・説明不能な出力の件数を数値で管理する |
| 変化の検出 | モデル更新(APIバージョン変更を含む)後の最初の出力を、更新前と比較する |
| 記録 | 検証日時・担当者・結果・対応(問題なし・要監視・利用停止)を登録簿に記入する |
モデルのAPIがバージョンアップされた際に出力が変わることがあります。フロンティアモデルAPIでは、プロバイダーが予告なく内部を更新することがあるため、「同じプロンプトで出力を週次で比較する」という軽い監視を設けると変化を早期に発見できます。
停止トリガーと停止手順
停止条件を事前に決めていないと、問題が起きたときに「本当に止めるべきか」の議論が始まります。これは判断を遅らせ、被害を広げます。次の例を参考に、自社の停止トリガーを記載します。
即時停止が必要なトリガー(例)
- 個人情報・機密情報が意図せず出力に含まれた、または含まれた疑いがある
- 監督官庁・取引先・顧客からAIの利用に関する問い合わせ・苦情が入った
- プロバイダーのデータ保護ポリシーが変更された通知を受けた
- 不正アクセスの疑いが生じた
要監視(72時間以内に判断)トリガー(例)
- 直近1週間の誤回答率が事前設定の閾値を超えた
- APIのレスポンスが著しく低下し業務影響が出た
- 担当者から「出力がおかしい」という報告が複数回上がった
停止権限者には日中・夜間・休日の連絡先を全て記録し、情シス1人に集中しない体制にします。
登録簿の運用サイクル
| タイミング | 作業 |
|---|---|
| 新規モデル利用開始時 | 全13項目を記入し、業務責任者と情シスが承認を記録する |
| モデル・APIバージョン更新時 | 項目2・8・13を更新し、テストセットで再検証する |
| 月次 | 誤回答率・利用量・コストを確認し、項目13を更新する |
| 半年ごと | 全登録モデルの用途・入力データ・停止条件の妥当性を見直す |
| インシデント発生時 | 該当モデルの停止・調査・再開の経緯を項目外の付記として記録する |
GXOの支援
GXOでは、モデルリスク登録簿のゼロからの整備と、既存の台帳にAI項目を追加する作業の両方を支援します。初回相談では、現在何のモデルをどの業務で使っているか・検証の仕組みがあるかを確認し、最初に整備すべき範囲を絞ります。登録簿の整備後、監査・法務への説明資料に落とす作業も一緒に進められます。
よくある質問
Q1. 登録簿はどのツールで管理すればよいですか
スプレッドシートで十分です。重要なのはツールよりも「誰がいつ何を記録したか」の記録が残ること、および承認者が明記されることです。複数部署で管理する場合はクラウド共有スプレッドシートで閲覧・編集権限を管理します。
Q2. 社外のAIサービスを複数使っている場合、全部登録が必要ですか
原則として業務に使うものは全て登録対象です。件数が多い場合は、顧客影響・個人情報・金額への影響の有無でリスク高・中・低に分け、高から整備します。低リスクのモデルは簡易様式でも構いません。
Q3. PoC段階のモデルは登録が必要ですか
PoC段階で個人情報・機密情報・顧客影響のあるデータを使う場合は簡易版の登録を推奨します。PoC用の最小項目は、用途・入力データ・責任者・停止条件の4点で構いません。本番移行時に全13項目へ更新します。
参考情報
- 金融庁「AIディスカッションペーパー(第1.1版)」(2026年3月):https://www.fsa.go.jp/news/r7/sonota/20260303/aidp.html
- NIST「AI Risk Management Framework(AI RMF 1.0)」:https://www.nist.gov/itl/ai-risk-management-framework
- 米国財務省「Financial Services AI Risk Management Framework(FS AI RMF)」(2026年2月19日公表):https://home.treasury.gov/news/press-releases/sb0401
モデルリスク登録簿の整備を、監査・法務に説明できる状態まで仕上げませんか
GXOでは、登録簿のゼロ整備から既存台帳へのAI項目追加、監査説明資料の作成支援まで、実務に即した形で進めます。
